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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)7284号 判決

原告 押切タケ

右代理人弁護士 岡田実五郎

同 佐々木熙

被告 藤本善吉

右代理人弁護士 岡谷諫

同 芳賀繁蔵

主文

被告は、訴外川田和三一に対して、別紙目録記載の土地につき、昭和二六年一〇月一五日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一訴外川田和三一、被告間の本件土地の売買について。

原告は、本件土地については、昭和二六年一〇月一五日訴外川田和三一と被告代理人訴外高橋正三との間に代金を七五万円とする売買契約が成立したと主張し(請求原因(一))、被告は、昭和二六年七月二〇日訴外川田和三一と被告との間に直接交渉により代金を一〇〇万円とするほか被告主張のごとき内容の売買契約が成立したとする(被告の答弁及び主張(一)、(二))。そこで、まず右について按ずるのに、

(一)成立に争いのない甲第一号証の一、二、証人川田和三一の証言により真正の成立を認める同第三号証、成立に争いのない乙第一号証の一、二の各記載、証人高橋正三、同川田ハル、同川田和三一の各証言に被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、

(1)本件土地は、訴外川田政吉が昭和一三年頃そのうち約一〇〇〇坪を所有者である被告から賃借し、ここに牛馬の皮の乾燥工場を建設して使用していたが、昭和二六年六月頃訴外川田政吉の義弟にあたる訴外川田和三一は、本件土地に皮革工場を建設することを計画し、直ちに本件土地の地盛りに着手するとともに、当時被告のため本件土地の管理にあたつていた訴外高橋正三に対してその賃借方を申入れたところ、同訴外人において、被告の意向としてむしろ本件土地の買収を希望する旨を伝えたため、訴外川田和三一と被告の代理人たる訴外高橋正三との間に本件土地の売買について交渉が開始されるにいたつたこと。

(2)訴外川田和三一と被告代理人訴外高橋正三との間で交渉が行われた結果、昭和二六年六、七月本件土地全部を対象とし、代金は七五万円とすること、買主川田和三一はできるだけ速かに代金を被告に支払うこと、代金完済と同時に所有権移転登記手続をなすことのみを内容とする売買契約が両者の間で締結され、右の契約においては代金完済の時期、所有権移転の時期その他については、特に約定されなかつたこと。

(3)訴外川田和三一は、前示売買契約成立後、本件土地の地盛り工事を完成し、昭和二六年八月頃以降同訴外人の妻の姉にあたる原告から資金の一部として五〇万円を借受け、皮革工場の建築に着手したこと。

(4)訴外川田和三一は、被告からその代理人高橋正三を介して再三土地代金の支払方につき督促を受け、同訴外人に対し、同年一〇月一五日現金三五万円を支払い、次いで、昭和二七年五月二四日残代金支払のため金額二五万円の約束手形及び金額一〇万円の小切手各一通を交付したこと。

(5)訴外川田和三一の妻ハルは、被告の訴外川田和三一あての昭和二九年一一月二七日附、翌二八日到達の残代金の支払を督促する趣旨の書面を受取り、その頃直ちに使者をして被告方に残代金一〇万円を持参させ、その受領を求めたが受領されなかつたため、同年一二月二日東京法務局に対し右の金員を供託したこと。

を認定することができ、右の認定に反する被告本人尋問の結果は、前掲の各証拠と比較考量するとき、到底措信することができない。

以上認定の事実に基き考えるのに、本件土地の所有権は、前示認定の売買契約において所有権移転の時期につき特別の定めがなされなかつたところからみて、昭和二六年六、七月頃右契約の成立と同時に被告から訴外川田和三一に移転したものというべきである。

(二)被告は本件土地について、被告と訴外川田和三一との間に被告主張のごとき内容の売買契約が成立したことを前提とし、訴外川田和三一が本件土地の所有権を取得するに由なき旨抗争する(被告の答弁及び主張(五)(2)(イ))が、本件土地につき被告と訴外川田和三一との間に成立した契約の内容は、前段認定のごとき内容である以上、被告の右の主張はすでに前提を欠き、到底採用の限りでない。

第二訴外川田和三一、原告間の本件土地の代物弁済について。

(一)前掲甲第三号証の記載、証人川田和三一、同川田ハルの各証言を綜合すると、訴外川田和三一は、前認定のごとく、原告から皮革工場の建設資金として五〇万円を借受け、ついで同年一〇月一五日三五万円を借受けたが、右借受金債務合計八五万円を担保するため、同年一〇月一五日将来訴外川田和三一においてこれを買戻すことができる特約のもとに、本件土地の所有権を原告に譲渡したが、ついにこれを買戻すことができないまま現在にいたつている事実を認定することができ、右の認定を左右するに足りる資料は、記録上見出すことができない。

(二)被告は、訴外川田和三一が被告から本件土地を買取りその所有権を取得したとしても、その後次のようにその所有権を失つたから、原告が被告から本件土地の所有権を取得する由がないと抗争する。即ち、

(1)被告は、「訴外川田和三一は、本件土地を昭和二七年四、五月頃訴外株式会社大和銀行に対し、代物弁済に供した。」と主張する(被告の答弁及び主張(五)(2)(ロ))が、右の事実を確認するに足る証拠がないから、被告の右の主張は採用できない。

(2)被告は、「昭和二七年六月一日被告、訴外川田和三一間の本件土地に関する売買契約は、解除により消滅した。」と主張する(被告の答弁及び主張(五)(2)(ハ))。しかし、被告本人尋問の結果によれば、昭和二七年五月末日を残代金支払の期日とし、当日管轄登記所において残代金の支払と同時に訴外川田和三一に対し本件土地の所有権移転登記手続をなすべき旨の話合が両者の間に存した事実は、窺知することができるが、訴外川田和三一が同日残代金を支払わなかつた場合、何等の催告を要せず当然に売買契約が解除されて効力を失う旨の確たる約定がなされたことについては、これを、確認するに足る証拠がない。してみれば、被告の右の主張もまた採用することができない。

(3)被告は、「訴外川田和三一は、被告の昭和二九年一一月二七日附、二八日到着の書面による、催告及び条件附契約解除の意思表示を無視し、残代金を支払わなかつたから、同年一二月一日かぎり前示売買契約は解除された。」と主張し(被告の答弁及び主張(五)(2)(ニ)」原告は「被告は、右催告にさきだつ昭和二九年五月六日本件土地につき訴外株式会社埼玉銀行に対し債権限度額一二〇〇万円を担保するため根抵当権を設定し同年七月二八日その登記を経由したままで、訴外川田和三一に対する債務の履行の提供をしなかつたから、訴外川田和三一に対してなした催告及び契約解除の意思表示は無効である。」旨主張する。

按ずるのに、一般的に、不動産の売買においては、買主の負担する代金支払の債務と売主の負担する所有権移転登記手続をなすべき債務とは、特約のないかぎり同時履行の関係にあるから不動産の売主において買主が催告の時期までに代金を支払わなかつたことを理由として売買契約を解除するには、まず、売主において債務の履行の提供をなすことを要することは、多くの説明を要しないところである。これを本件について見るのに被告が訴外川田和三一に対し代金支払の期限として示した昭和二九年一一月末日当時、被告が訴外株式会社埼玉銀行のため同年五月六日本件土地につき設定した債権限度額を一、二〇〇万円とする抵当権は解消されず、また、同年七月二八日に経由したその設定登記は抹消されないままになつていたことは、当事者間に争いがなく、かつ当時被告が訴外川田和三一との売買契約により本件土地の所有権を失つていたこと前認定のとおりであるから、被告の主張する催告はその効力なく、したがつて条件附契約解除の意思表示もまたその効力を生じなかつたものといわねばならない。

(三)してみれば、被告の前示主張もまた排斥を免れない。よつて、原告は、昭和二六年一〇月一五日訴外川田和三一から代物弁済により適法に本件土地の所有権を取得したものというべきである。

第三本件土地の所有権移転登記手続について、

(一)原告は、第一次の請求として、本件土地の所有権に基き、被告に対し直接原告のため所有権移転登記手続をなすべきことを求め、第二次の請求として、訴外川田和三一に代位し、同訴外人のため所有権移転登記をなすべきことを被告に求める。よつて、按ずるのに、「被告は、前認定のごとく、本件土地を訴外川田和三一に売渡しはしたが、本件土地の所有権としての登記簿の記載が抹消されないかぎり完全に無権利となつたわけではない。即ちもし第三者が訴外川田和三一から本件土地を重ねて買受けた上(二重売買)、所有権取得登記を経由すれば、その第三者は本件土地の所有権を完全に取得することができる。被告が登記簿上所有権者として残存するかぎり、右に述べたような新たな権利関係の発生を見る余地があるという意味において、被告は未だ完全に本件土地の所有権を失つたものとはいえないのである。したがつて、被告のごとき、まだ完全に土地の所有権を失うにいたらない者に対しては、土地の所有者なりとせん称して擅に右の土地の所有権保存登記を経由した無権利者あるいは登記申請に要する書類を偽造して擅に所有権取得登記を経由した無権利者に対し、真実の土地所有権者が、所有権に基き、権利の実態に符合しない前記登記の抹消登記を求めることができるのとは異つて、土地の所有権を譲受けて取得した原告のごときも、自己に対し直接所有権移転登記を求めることはできないものと解するのである。被告から本件土地の所有権を取得した訴外川田和三一から、さらにその所有権を譲受けたものである原告が、被告に対し直接自己のため所有権移転登記を求め得るには、被告、訴外川田和三一及び原告間に右のごとき中間省略登記をなすことの合意が存した場合は別として、迂遠ではあるが、まず代物弁済契約の債務者である訴外川田和三一に代位して被告に対し右訴外人のための所有権移転登記手続を求め、次いで同訴外人に対し原告に対する所有権移転登記手続を求めねばならないのである。けだし、登記が現在の権利状態に符合するということは、登記制度の最少限度の要請にすぎないのであり、できるだけ物権変動の過程と態様とを登記に反映することが制度の理想であるからである。したがつて、現在の権利者は当然の権利として、実際に行われた物権変動の過程と態様とを無視し、これと異る登記に協力すべきことを他人に要求することは許されないと解するからである。

よつて、原告の前示第一次の請求は失当として棄却すべく前段認定の事実によれば、前示第二次の請求は正当として認容すべきであるので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(判事 磯崎良誉)

〈以下省略〉

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